ひいじいちゃんの家、100年後に若い家族の家になる|古民家再生プロジェクト #01

~下仁田の「妙義型民家」を、達人塾の仲間と~

深健工舎は自然素材を使った高気密高断熱高耐震の健康住宅を新築、リノベーション、リフォーム工事を行う設計事務所併設の大工工務店です。

群馬の山あいに残る、ひいじいちゃんの家

群馬県下仁田町の山あいに、ひいじいちゃんが暮らしていた築100年の古民家があります。妙義山の麓、中山道から少し外れた静かな集落。県内でも下仁田町と中之条町——このあたりでしかほとんど見られない、珍しい形の家です。

最大の特徴は、2階の周りをぐるりと囲むように四方回廊(ベランダ) が設けられていること。南側だけでなく、東・西・北の4面すべてに回廊が続いている、極めて珍しい民家形式。それを、この家のリーダーを務める建築士さんは「妙義型民家」と呼んでいます。

今、この家を若い家族が安心して暮らせる住まいへ再生するプロジェクトが始まりました。自分が参加したのは、群馬県主催の「木造住宅耐震リフォーム達人塾」で出会った建築士さんたち。一級建築士である僕自身が、墨出し(すみだし=基準線を墨で引く作業) を自分の手で引くところから、このプロジェクトのサポートは始まります。

解体を手伝う息子と100年経ってもほとんど傾いていない大黒柱

100年の歴史を受け継ぎながら、次の100年へつなぐ挑戦——そのスタートです。

100年の歴史と向き合う

先日、この家で解体ワークショップが行われました。

といっても、ただ壊すためではありません。壁の中や床下を調べながら、家がどのように造られ、どんな暮らしを支えてきたのかを読み解く作業です。

土壁の中から現れた竹小舞(たけこまい=土壁の下に編んだ竹)。
囲炉裏の煙で黒く染まった太い梁(はり)。
柱に残された大工さんの墨書き。

どれも、100年という歳月を生き抜いてきた証でした。見て触れるたびに、この家が見えないところで誰かの暮らしを支え続けたことを感じます。

そして今回、プロジェクトのリーダー建築士さんと現地で打ち合わせを行いました。そのとき聞いたのが——

「これは妙義型民家ですね」

という言葉でした。図面を広げると、寸法の並びが本間モジュール(1P=940mm・柱割寸法)で驚くほど整っている。群馬県公式の民俗調査でも記録される地域の民家文化を、リーダーが整理して命名した呼び名です。

「妙義型民家」という珍しい家

下仁田町の周辺に残っている特徴的な建物(イメージ図)

妙義型民家とは、下仁田町や中之条町周辺にかけて見られる、地域特有の民家形式です。

最大の特徴は、2階の四方すべてに回廊が巡らされていること。養蚕を営む家では、上階を蚕室(かいこ室)として使うために広く・明るく・風通しの良い空間が必要でした。そのために四方すべてに出し梁(だしばり=柱の外へ持ち出した梁)による回廊を巡らせ、採光と通風を確保した——というのが、この形の背景です。

南北に半間(940mm)、東西には2尺(630mm)出し梁が4面梁を外へ持ち出し、深い軒をつくる。雨や雪から建物を守るだけでなく、四方からの日射を遮り、夏は涼しく、冬は安定した温度を保つ。エアコンも断熱材もない時代に、地域の気候に合わせて快適な住まいをつくっていた——昔の人たちの知恵が詰まった家なのです。

日本の家の原型「田の字型」と、4つの暮らし方

1階の間取りは、いわゆる「田の字型(よんまどり)」——田んぼの「田」の字のように4つの部屋が並ぶ、日本の伝統的な間取りです。

下仁田K様邸の場合、各部屋は本間モジュール(1P=940mm)で 6畳・2,820 × 3,760mm という寸法。北側に「床の間/ナンド6畳(寝室)/押入/ ダイドコ6畳(台所寄り) 」を一列に並べ、南側に「 ゴザ6畳(客間) /ディ6畳(居間)」を一列に並べた6畳を4部屋と6帖2間の土間の構成です。南北に3尺の出し梁があるので出し梁まで入れると4P×4Pの8畳になる間取り

襖を開ければひとつの大空間。閉めれば4つの個室。家族だけの時間にも、大勢の人が集まる行事にも対応できます。現代では「可変間取り」と呼ばれる考え方ですが、実は100年以上前から日本の家には備わっていました。

東端にはさらに、カッテ(板の間)・囲炉裏・ドマ(土間)、ここに「暮らし方のシーン別の空間分け」 が現れています。炊事と立ち仕事はカッテで、季節の団らんは囲炉裏を囲んで、土足の作業動線はドマ側で——100年前の住人が、可変に加えて「機能別」に空間を細分化していたという発見です。

東側には、カッテ(板の間)・囲炉裏・ドマ(土間)、ここに「暮らし方のシーン別の空間分け」 が現れています。炊事と立ち仕事はカッテで、季節の団らんは囲炉裏を囲んで、土足の作業動線はドマ側で——100年前の住人が、可変に加えて「機能別」に空間を細分化していたという発見です。

100年前の家と、最新の耐震理論が出会った

自分が学んできた「構造塾」(佐藤実氏が主宰する木造住宅の構造塾)には、地震に強い家をつくるために構造計画ルールという明確なガイドラインがあります。

その中の絶対ルール

【構造区画の基本寸法】4P×4P(最大 4P×6P)

つまり「大きすぎない区画で建物を構成することが、耐震性につながる」というルールです。通常、1P=910mm(尺モジュール)での4P=3,640mm(約2間)。

ところがこの古民家、本間モジュール(1P=940mm)で計測してみると、各6畳は 3P×4P = 2,820 × 3,760mm という寸法でした。構造塾ルールの基本区画(4P×4P)よりも、さらに小さい区画で部屋を構成していたのです。南北の出し梁を入れると 4P×4Pになる間取り

小さい区画は、地震のときに変形が小さく、耐力壁が密集して入りやすい。

つまり

100年前の大工さんは経験と知恵の積み重ねの中で、結果として、最新の耐震ルールよりもさらに “安全側” に振った寸法を選んでいた。

もちろん昔の大工さんが構造計算をしていたわけではありません。経験と慣習の中で、もっと守りの良い寸法にたどり着いていた——というのがこの家の本当のすごさです。

もちろん昔の大工さんが構造計算をしていたわけではありません。経験と慣習の中で、もっと守りの良い寸法にたどり着いていたというのがこの家の本当のすごさです。

💬 建築士としての本音

現場でこの事実に気づいたとき、思わずにやけてしまいました。「答えは100年前からここにあったんだな」と。そんな気持ちになったのです。

耐震改修で大事なのは、その“安全側の余裕”を壊さずに、どこまで現代まで伸ばすか。伝統工法と現代の構造設計が、同じ場所で静かに握手した瞬間でした。

達人塾チームで挑む、次の100年

このプロジェクトは自分ひとりでできるものではありません。

群馬県の「木造住宅耐震リフォーム達人塾」で出会った仲間たちと力を合わせて進めていきます。設計者・大工・各職人が、それぞれの持ち場で役割を分担する、スペシャルコラボチームです。

採用予定なのは、筋違いと大壁工法と達人塾で学んだ耐震改修の「A工法」。古民家のような伝統的な構造に対して、既存の “安全側の余裕” を壊さないように、必要な耐震性能を確保していくアプローチです。1階で柱を切りたい場所が出ても、隣室の壁量で支える——そういう “賢い燥り合い” の設計思想が、この工法には詰まっています。

歴史ある建物だからこそ、ただ新しくするのではなく、価値を活かしながら未来へつなげたい。そんな思いで取り組んでいます。

100年前の大工さんが引いた墨。その上に、いま僕たちが新しい墨を重ねようとしています。若い家族へ、次の100年へ。

参考リンク

古民家再生プロジェクト #01
古いものを直し、未来につなぐ家づくり